落ちたまま曲は進む
イントロから耳を奪われてしまった。
マイナーコードのストローク1発、そのまま楽曲は淡々と進んでいった。
“落ちた響き”で耳を惹きつけてその後の展開に繋げる手法は、ドラマチックさを演出できるためよく使用される。
例えば、ギルガメッシュ『終わりと未来』では、景色が開けていくような開放感のある展開の助走としてあえて“落ちた響き”を冒頭に配している。また9mm Parabellum Bullet「Supernova」では、あの印象的なリフをより印象的に響かせるために“落ちた響き”が使われている。
曲の中だけではなく、ライブのオープニングでメンバーがドラムの周りに集まって、「ダダンッ…(ドラム)、ジャーーーーン!!!(ギター掻き鳴らしながらイエイイエイ煽ってから1曲目のイントロ)」みたいな感じで音を出し始めるのも原理的には一緒である。
それに対して、本楽曲では落ちたまま進む。淡々と。
あの“落ちた響き”が鳴らされることで、音楽好きな人は意識的に、そうでない方も無意識のうちに次の展開を期待する。しかしそのままAメロに突入する。この裏切られ感に私は逆に心を掴まれてしまった。
役割が逆転する演奏
寂しく悲しい響きをまとったまま、Aメロは進んでいく。その雰囲気を作り出しているのは、抑揚の少ないメロディとその合間に挟まれるコーラスだ。
歌とは感情を乗せて届けるものだ。しかし一方で、感情を排除することで届く感情もある。「寂しく歌う」「悲しく歌う」とは違う。「感情を乗せないで歌う」だからこそ作り出せる雰囲気が存在している。
またこの雰囲気づくりには、当然演奏も大きく関わっている。
バンド形態の演奏において、その音楽に“表情”をつけるのはギターの役目と言えるだろう。出せる音のレンジも広いし、何より音が高い。つまり聴きやすいからだ。聴きやすいということは、伝わりやすいということだ。そのため、楽曲に“表情”をつけるのはギターが主となることが大部分である。
ところがAメロにおけるギターは、表情をつけることを放棄している。終始寂しげなコードを無機質に鳴らし続けるだけだ。
その代わりに、ベースが表情をつける役割を担っている。
ただビートを刻み続けるだけではなく、小節の変わり目にはフィルを入れて表情をつける仕事をしているのだ。
ギターとドラムが単純な演奏であるのに対してベースのみが表情をつけているが、メロディアスになりすぎてしまうと本楽曲の雰囲気は崩れてしまう。また表情をつけるだけなく、ベースの淡々としたビートも寂しげな雰囲気を作り出すのに重要な役目を担っているのも事実だ。
つまり楽曲イメージを崩さずに、なおかつその雰囲気を助長しながらも、単純一辺倒な作品にならないように表情を加えるための絶妙なニュアンスのフレーズを構築するという、実にベースの真髄といった渋い仕事が行われているのだ。
ザ・ベースといった感じの“いぶし銀”なフレージングがぐっと来るぜ。
音が連れて行く景色
「風街」というと、ロックファンであれば伝説のロックバンド・はっぴいえんどの最高傑作「風街ろまん」を思い出さずにはいられない。
“東京のノスタルジア”を描いた本アルバムとサウンド面での共通項を探すのは難しいが、“寂しさ”という感情は共通テーマとして感じられる。
サイレン鳴り響いた
さあみんな踊ろう
上品なリズムで
いま街に繰り出そう 行こう
どこか皮肉めいた言い回しで、街へと誘う。
「渋谷で終電を逃しちゃったから結成したアイドルグループ」というコンセプトを考えると、この街=渋谷だろうか。若者が集まり、楽しく華やかなイメージのある街だが、本楽曲の渋谷からはそのような雰囲気は感じられない。
パブリックイメージとは真逆の、寂しく暗く冷たく悲しい場所のように描かれているように思う。直接的な表現はされていないが、<過ちと痛みで 冒険を始めよう><壊れ すべて泣いてる>など、暗いイメージの言葉で抽象的に街や心情が描写されている。
そして、どこか孤独を背負った主人公は「誰か」を求める。
タイムトラベルで会いに来てよ
何度でも何秒でも
これは特定の誰かなのだろうか。それとも現実から逃避をさせてくれるような圧倒的な存在を求めているのだろうか。
私は後者のように感じる。
身近な誰かではなく、タイムトラベルで別の時代からやって来るような誰か。ちょっとやそっとの変化ではなく、現実を劇的に変えてくれるような強烈な存在。強烈な恋。
そんな変化を求めてしまうほど、今の主人公は困窮しているのだろう。
希望を求める主人公の感情を表すかのように、サビの歌には感情が見えてくる。これまで感情を乗せずに歌ってきたことによる“溜め”が、ただ声を張り上げて歌うのではなく、ファルセット/ミックスボイスを使用することでより開放されている。
この歌声からは、祈りや涙を感じてしまう。
誰もいない、世界で自分ひとりが取り残されたような渋谷の夜。普段の喧騒を知っているからこそ、余計に冷たさを感じるそんな夜。そこに曲が流れるとしたら、こんな曲になるのではないか。そこで歌を歌うとしたら、こんな歌声になるのではないか。
もちろん、実際にそんな体験をしたことはない。しかし本楽曲を聴いている3分29秒の間は、確かに“たったひとりの渋谷の夜”を体験をすることができる。
これってすごいことだよ。
そんな体験に引きずり込む大きな役目を果たしている、切迫感とタイムトラベルをイメージさせるようなギターソロも秀逸だ。
終わりに
始発待ちアンダーグラウンドというグループは、本楽曲で初めて知った。
現在まだWikipediaもないし、歌詞サイトにも掲載されていないような人気・知名度だ。しかし、上述のように高いオリジナリティを持つ素晴らしいグループだと思う。
アイドル戦国時代以降、アイドルでも暗く悲しい曲を歌うことは当たり前になり、そんなテーマの曲を歌うことがコンセプトになっているアイドルも多く存在する。
その中でも、このアングラ感とノスタルジーを持つサウンドはまた新しい個性になっている。
今後の動向に注目していきたい。
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