【レビュー】私立恵比寿中学『ebiture』が連れて行く場所

【レビュー】私立恵比寿中学『ebiture』が連れて行く場所

興奮の総量

私立恵比寿中学のライブに行って最もテンションが上がる瞬間はいつだろうか。

自分が好きな曲をやってくれた時、推しのメンバーが近くに来た時、次のライブや新曲がサプライズで発表された時など様々あるだろう。

どれもライブでしか味わえない大きな感動を与えてくれるかけがえのない瞬間だ。

しかし好きな曲は人それぞれ違うし、会場後方のいわゆるクソ席ではメンバーを近くで見ることなどできない。

個別の楽曲単位では、一人ひとりの感動が大きく異なるため、会場全体の“興奮の総量”としてはそこまで高いものにならないだろう。

サプライズ発表は会場全体で楽しめるが、ライブが終わってしまうという寂しさも同時に感じる頃合いだ。心に占める割合が楽しさだけではない。

では、私立恵比寿中学のライブにおいて“興奮の総量”が最も大きい瞬間はいつか。

それはきっと客電が落ち、『ebiture』が流れるあの狂乱の瞬間に違いない

 

 

『ebiture』の独自性

アイドルが固有の「overture(序曲)」を持つことは、珍しいことではない。

AKBグループや坂道グループ、先輩のももいろクローバーだってまんま『overture』というタイトルで固有の序曲を持っている。

特にアイドルでは『overture』に独自の口上をはさみ、“序曲”と言いつつも、もはやそれ自体が爆裂に盛り上がる楽曲としての強さを誇っている。

フェスなどの対外イベントでは他アーティストのファンを初っ端からドン引かせ、ファンに成り立ての頃は、いつかライブで『overture』の口上を叫ぶことを夢見る。

アイドルだけではなく、バンドでも序曲は存在する。オリジナル楽曲を使用することもあれば、10-FEETならドラクエの『そして伝説へ』、base ball baerであればXTC『Making Plans For Nigel』など、既存の楽曲を使用することもある。

アイドルでもバンドでも機能は同じだ。日常生活から“ライブという非現実”へ導くための装置として、素晴らしい働きをしている。

一方エビ中の『ebiture』の場合、他アーティストの序曲の使われ方と大きく異なる点がある

それは『ebiture』が連れて行くのは“非現実”ではなく、“中学校”である点だ

 

曲の終わりに気づくこと

かつて中学生だった僕たちを“あの頃”へ誘うあぁ青春のチャイムの音色。そして絶妙にキモい声色で、我々は「父兄」であることが突如告げられる

他のアーティストが非現実へ“自分自身のまま”連れて行くのに対して、私立恵比寿中学はまず自身を“父兄”にコンバートさせることから始めるのだ。

これによってライブに参戦している我々は、一種の同族となる。強い連帯感が生まれる。私立恵比寿中学は無償の愛を注ぐ対象となる

ももいろクローバーのファンは“モノノフ”と呼ばれ、主君(ももいろクローバー)に対して絶対的な忠誠を誓うのに対し、私立恵比寿中学のファンは“エビ中ファミリー”と呼ばれ、彼女たちに“父兄”として温かな眼差しを向けるのだ

そして曲は進み、中学生というよりは小学校低学年みたいな舌足らずなセリフで、スターダストのエビ中であると自らの所属を述べる。さながら「●年●組の●●です」と学生が自己紹介をするように

我々はそんな様子を、牧歌的な笛の音が響く中で大きなハンドクラップをもって迎えるのだ。

曲の終盤、演奏は調和を乱し、慌ただしく終わりを告げる。

まるで“青春”という人生において最も強烈で、鮮やかで、苦しくて、美しい、怒涛のような日々を表しているかのように

ブザーが鳴る。

なぜだろう。“父兄”として観劇していたはずの自分が、いつの間にか“中学生”に戻っていることに気づく

これだからエビ中ファミリーはやめられない。

エビ中ファミリーでいる間は、まだまだ青春真っ盛りだ。

 

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