つばきファクトリー最大の武器
与えられた楽曲のイメージなのか、メンバーのキャラクターからなのか、同時期デビューのこぶしファクトリーに比べて影の薄い印象(クソ地味)だったつばきファクトリー。
しかし、<何かが始まる予感>と歌った『初恋サンライズ』で灯った小さな火が『低温火傷』で大爆発し、その地味さ・儚さが何よりの武器となった彼女達へ与えられたのが本楽曲、個人的2019年ハロプロ楽曲大賞暫定1位『ふわり、恋時計』です。
美しき日本語に溺れる
1番Aメロ
うららかな陽だまりに
薄氷が溶けていく
風はまだ冷たくて
過ぎし恋 疼きだす
日本語特有の表現を巧みに用いた歌詞。和の音階を使用したメロディにしっかりとハマり、平安時代あたりに心が飛ばされてしまいそうです。
<うららかな陽だまりに 薄氷が溶けていく>という言葉も、英語では< Fine and mild sunny spot The thin ice is melting away >となり、何とも味気ないですね。
この情緒をネイティブで感じられる幸せは、織◯裕二じゃなくても「日本に生まれて良かったー!」って心から思います。
しかも、「薄氷」は春の季語なんですよ…。
しかもしかも、<過ぎし恋 疼きだす>の「うずき」ですが、漢字を「卯月」にすると「4月」を意味する言葉になるんですね…。これは偶然かもしれませんが…。
こんな意味の重なりも日本語の魅力です。
『春恋歌』と共通する主人公
この曲、前年の春ソング『春恋歌』と対比すると面白くって。
というか、『春恋歌』の主人公の“その後”と考えて聴くと実に味わい深いんですよね。
『ふわり、恋時計』1番Bメロ
華やいだワンピース
ときめく蝶になって
君へ羽ばたきたくて
だけど怖くて
『春恋歌』1番Bメロ
私はどこへ行こうかな
どこへも行けるけれど
何より真っ先 浮かぶのは
君の待っている場所
Aメロでは、『春恋歌』と同様に春の情景を描いています。
違うのはBメロからで、<君へ羽ばたきたくて だけど怖くて>と「君」のもとへ行くことに躊躇を感じています。一方『春恋歌』では、<私はどこへ行こうかな どこへも行けるけれど 何より真っ先浮かぶのは 君の待っている場所>とウキウキしていたのに。
<素の私さらして>と歌っていたのに、<素直な私いずこ>ですよ。
作詞家はそれぞれ異なりますが、ここらへんの対比は意図的なんじゃないかなーと思います。どうだろか。
終わりと始まりの「自鳴琴」
サビ
ふわり、色めく花 手折って
ひらり、差し出す手が触れて
めまいの自鳴琴なの 空が廻るよ
「ふわり」「ひらり」「めまい」と平仮名が美しいサビです。
やっぱり印象的なのは「自鳴琴(オルゴール)」ですよね。この「自鳴琴(オルゴール)」が、タイトルにもなっている単語「恋時計」とリンクすると思っています。
まず、「オルゴール」ってどうすれば音が鳴るのでしょうか。ゼンマイを巻いて“戻して”、手を離すと動き出し、音を奏でますよね。これを恋愛に重ねると、“過去を振り返り、終わったはずの恋が再び動き出す”ようなイメージを感じませんか?
実際に歌詞でも<過ぎし恋 疼きだす>と歌っています。
また「オルゴール」は、「いつか止まるもの」「唐突に終わるもの」というイメージも与えます。
おそらく、納得のいく形で終わった恋愛ではなかったのでしょう。彼女からしたら突然の終わりだったのかもしれません。幸せな記憶と唐突な<サヨナラの残像>で<めまい>がするくらいに。
でも、その恋は再び動き出した。
そこで「恋時計」です。
画像出典:「ふわり、恋時計」MV! 小片リサ | つばきファクトリー オフィシャルブログ Powered by Ameba
「時計」や「時間」って、よく「動き出す」って表現されますよね。つまり「もともと止まっているもの」というイメージが共通認識としてあると考えられます。
これって「自鳴琴(オルゴール)」とリンクすると思いませんか?
心のゼンマイを巻いて、「自鳴琴(オルゴール)」のように再び動き出した恋と共に、以前と同じように唐突な終わりへ向かって時を刻む「恋時計」も動き出したのかもしれない…。
だから<恋時計チクタク急き立てるの>かもしれないですね。「チクタク」というSE(効果音)を入れているところも素敵です。
そのほかにも、「オルゴール」「時計」には「円」のイメージ、「回る」イメージが共通してあります。「円」は「循環」を想起させ、同じことを繰り返すといったイメージもありますね。
この恋も失敗に終わってしまうのでしょうか…。
<空が廻るよ>というフレーズもあり、やはり「回る(廻る)」というイメージは本楽曲の軸になっていると考えられます。
百人一首からの引用
2番Aメロ
しのぶれど咲き匂う
友達にもばれてる?
本フレーズは、百人一首の「しのぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで」という歌の引用ですね。
意味は『恋する想いを心に秘めてきたけれど、顔や素振りに出てしまっていたようだ。「恋の悩みごとでもあるのですか?」と、人に尋ねられてしまうほどに。』という平安時代のback numberが詠んだキュンキュン和歌です。
<しのぶれど>だけでなく、<友達にもばれてる?>というフレーズもそのままオマージュですね。
絶妙な音色・タイミング・位置
本楽曲の雰囲気がどのように作られているのか、アレンジのお話です。
イントロやBメロのドラムもバスドラのみを入れ、あえてスネアの音を入れないことでグルーヴを消し、最低限のビートで落ち着いた雰囲気を作り出しています。
なお、スネアの代わりにパーカッシブな音色は複数入っていますが、どれも本当に曲の美しさを邪魔せず、むしろ引き立たせているような絶妙な音色・タイミング・位置で鳴っています。
この「位置」ってめちゃくちゃ大事で。
イヤホン的に説明すると、右で鳴らすのか左で鳴らすのか中央で鳴らすのか、はたまた後頭部らへんで鳴らすのか、右斜めから鳴らすのか、この鳴らす位置で曲の雰囲気だいぶ変わります。
個人的には、<だけど怖くて>の直後に右チャンネルの遠くで鳴る音が狂おしいほど好きです。
間奏では、恐らく生ではない尺八のような音色がソロを聴かせてくれます。メロディや歌詞は和ですが、ビートや音色にはデジタル感が含まれている楽曲なので、生ではないデジタルな尺八がとてもマッチしていると思います。
もちろん、この和のメロディを歌いこなすつばきの面々は「さすがハロプロ」の一言。ラスサビ前の<紅を差す 君だけに見られたくて… >の<て…>の歌声なんて鳥肌立つでしょ。
それこそ百人一首のように、未来永劫聴かれ続けて欲しい名曲ですね。