研究員の夢のあと
BiSという伝説があった。
「新生アイドル研究会(Brand-new idol Society)」を自称し、全裸PV、スク水ダイブ、ダイエット企画など数々の炎上によりアイドルの地平を焼け野原にしてしまったアイドルグループ・BiS。その過激なパフォーマンスとプロモーション、そして何より多くの名曲たちによって彼女達はカルト的な人気を誇り、遂には横浜アリーナでワンマンライブを行うまで巨大な存在となる。
その日、BiSは約3年半の活動にピリオドを打った。
まぁその翌日に「元BiSなりのワンマンライブ」と称してもう一回ライブやるんだけどね。なんじゃそりゃ。しかも現在もBiSはメンバーを変えた形で活動を継続している。プロレスラーの引退とWACKの解散は信じてはいけない。(戒め)
そんな第一期BiSの解散から約半年後、そのニュースは突然舞い込んだ。
BiSH、始動
BiSの名物プロデューサー・ジュンジュンこと渡辺 淳之介氏のプロデュースのもと新たにオーディションを行い、新グループ「BiSH」を始めるというのだ。
サウンドプロデュースには松隈ケンタ氏、衣装には外林健太氏、アートディレクションには真田礼氏と、まさに“BiSを作った”面々が集まった。その布陣は「BiSをもう一度始める」という言葉が本気であることの何よりもの証明だった。
そこからの展開は早い。
約2ヶ月後には、応募総数824名のオーディションを勝ち抜いた5名のメンバーが確定し、BiSHは動き出した。
…そして、1ヶ月後には一人やめた。
画像出典:BiSH~Rock’n Roll Swindle~二番煎じは本物を超えられるのか?! Episode11 BiSHとともに振り返る200km対抗駅伝
すでにレコーディングを終えていたこともあり、1stアルバム『Brand-new idol SHiT』には脱退メンバーであるユカコラブデラックスの歌や作詞曲は残っているが、初期BiSHとしては、モモコグミカンパニー、セントチヒロ・チッチ、アイナ・ジ・エンド、ハグ・ミィの4名で活動を行った。
BiSHはここから始まったのだ。
BiSという麻薬
言うなれば、BiSは麻薬だった。
AKB48のブレイクから始まったアイドル戦国時代と呼ばれた数年間。有象無象のアイドルが生まれては消えていったあの喧騒の日々の中で、BiSの存在は異常なまでの刺激だった。その強烈な刺激を一度でも食らってしまったものは逃れられないようにできていた。
それは、何もファンにとってだけではない。
彼女たちを運営する側に立っていた者にとっても同じだったのだ。
──もう一度BiSを始めることにした理由は、渡辺さんの禁断症状が限界に達したから、と。
渡辺 : 我慢できなくてすみません。やっぱりBiSをやってるときが一番気持ちよかったんですよ。
出典:BiSH「Brand-new idol SHiT」インタビュー – 音楽ナタリー 特集・インタビュー
BiSHの1stアルバム発売時のインタビューで、プロデューサーの渡辺淳之介氏は上記のように語っている。彼も、その中毒性に耐えられなくっていたのだ。
そんなBiSの土壌を継ぐ形で、BiSHは始まった。
その始まり方には、良い面と悪い面がある。
良い面は、言わずもがなファンが付きやすいということだ。BiSのファンだった者たちは、その幻を追いかけてきっとBiSHを見る。聴く。つまり最初から、“評価の俎上”に上がることができるのだ。
アイドルに限らず全く新しいコンテンツというのは、この“評価の俎上”に上がること自体がまず難しい。どんなに良いものを作っても、知ってもらえなければ好き嫌いの判断をしてもらうこともできない。どんなに可愛いメンバーが揃っていても、どんなにクオリティの高い楽曲を作っても、知ってもらえばければ何の意味もないのだ。
そういった面では、BiSHは良いスタートが切れたといっていいだろう。実際に、初ライブの盛り上がりも下の写真の通り。順調すぎる滑り出しだった。
画像出典:これが新生クソアイドルのデビュー作だ!!ーーBiSH、待望の1stアルバムをハイレゾ配信(デジタル・ブックレット付き)
一方、悪い面は2つある。
1つは、どうしてもBiSと比べられるということだ。
明確に「BiSをもう一度始める」としてスタートしたグループであり、そこにはBiSを心から愛した研究員たちが集めってくる。そこで失望を与えてしまったら、そこで与える印象はマイナスどころか嫌悪の対象となってしまう場合もあるだろう。
楽曲的にも、二番煎じのようなことをやっていたら「これならBiS聴くわ」となってしまうのは想像に難くない。かといって、BiSの楽曲を継承して続けるだけであれば、新グループの意味もない。何より、ダサい。そんなのファンは期待していないのだ。
もう1つは、コンセプトに合わないという点だ。
BiSは、既存のアイドルに対するカウンターであった。こり固まっていたアイドル像をぶち壊す存在だった。
そのBiSを継承するグループであれば、多かれ少なかれ同様のコンセプトを持って活動をしていくだろう。そんなグループが最初から大勢のファンに温かく迎えられて活動を開始するというのは、なんとも気持ちが悪く、格好いいものではない。
ももクロしかり、でんぱ組しかり、応援しているアイドルがサクセスストーリーを駆け上がっていく様を共に体験できることが、近年のアイドルのブレイクには必要な要素だった。つまり、ドラマ性が必要なのだ。アイドルには気の毒だが、順風満帆ではいけないのだ。
最初から満員の観客に迎えられて、ファンも盛り上がってくれて、俺たちのBiSを継ぐ者たちが凡百のアイドルと同じような存在になってしまうのかと不安がつのった。