私立恵比寿中学『誘惑したいや』はラブソングではない

私立恵比寿中学『誘惑したいや』はラブソングではない

歌に潜む暗黙のルール

「言葉」には様々な“尺度”が存在します。

 

「強い」⇔「弱い」

 

「汚い」⇔「きれい」

 

「硬い」⇔「柔らかい」

 

「難解」⇔「簡単」

 

などなど。

 

そんな「言葉」を積み重ねて作られる「歌詞」は、楽曲のテーマや届けるべきターゲット、音楽ジャンルや作詞者の作家性などによって、その尺度が使い分けられますが、基本的にひとつの楽曲内での“尺度のトーン”は揃っていることが多いでしょう。

 

「お◯あさんといっしょ」で歌われるような子供向けの楽曲であれば、「柔らかい」「簡単」な言葉が使われます。一方で、メタルやパンク、ヒップホップなど激しく攻撃性の高い音楽であれば、「強い」「汚い」言葉が使われるでしょう。

 

このように、ひとつの楽曲の中で使われる「言葉」にはある種の共通項があります。このセオリーを守ることで、「どんな楽曲なのか」が明確となり、違和感のない聴き手に届きやすい歌となるのです。

 

一方で、このセオリーをガン無視することで感動を与えることに成功し、“大人が泣けるアイドルソング”として落とし込んだのが、今回紹介する私立恵比寿中学の『誘惑したいや』です。

 

 

 

アイドル楽曲大賞4位の実力

もちろんそれが全てではありませんが、あるコンテンツの凄さを事前知識のない人に伝えるために「数字」というものは便利なツールでして。

 

本楽曲は、アイドルファンにはお馴染みの「アイドル楽曲大賞」において、2013年の「メジャーアイドル楽曲部門」で堂々の4位を記録しています。

 

ちなみに1位は、近年のアイドル楽曲でNo.1の知名度を誇るであろうAKB48『恋するフォーチュンクッキー』、2位は「ざんね〜ん」コールで有名なNegicco『アイドルばかり聴かないで』、3位はグループ屈指の名曲である乃木坂46『君の名は希望』です。

 

ご覧いただいて分かる通り、1〜3位は全てシングル曲。しかもそれぞれの代表曲と言っても差し支えのない名曲たちに次いで、アルバム曲が4位にランクインしているのです。

 

この結果から、どれだけ本楽曲が評価されているのか分かるかと思います。

www.esrp2.jp

 

本楽曲は、2013年に発売された彼女たちの1stアルバム『中人』に収録されています。

 

作詞作曲は、以前にも「大人はわかってくれない」などの楽曲でお世話になったシンガーソングライターの「たむらぱん」こと田村歩美さん。

 

後にも「ポップコーントーン」「感情電車」など、それぞれの時代の彼女たちの“今”を切り取ったような楽曲を提供してくれる、エビ中にとって欠かせない存在です。

 

優しく穏やかなストリングスは、GLAYやSound Horizon、水樹奈々など名だたるアーティストとの仕事で著名な「弦一徹ストリングス」が担当しています。

 

さて、本楽曲ではどのようなエビ中の“今”を見せてくれているのでしょうか。

 

画像出典:エビ中、メジャーデビュー後最速のたまアリ単独公演発表&新曲リリース決定

 

 

キャッチーさと違和感

さて、なんとなく聴いているとただのポップでキュートなアイドルソングに思われがちなこの曲。

 

その理由は、間違えなくこれのせいでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ゆわくわくわく

 

 

わくわくわくわー

 

 

× 4

 

 

 

子供向けソング、アニソン、そしてアイドルソングでしか許されないユルユルでフワフワなフレーズ。「わー」の部分にはバカみたいな声で追い「わー」まで被せられていて、もう擁護のしようがない完璧な「わー」となっています。(錯乱)

 

一度聴いただけで2~3日は夢に出てきそうなキャッチーさ爆発の本フレーズ。先程の“言葉の尺度”で言えば、ひらがなで書かれていることも相まって間違いなく「柔らかい」「簡単」な言葉と言えるでしょう。

 

一方で、歌われているのは単語は「誘惑」です。

 

 

「誘惑」は、「強い」言葉です

 

オーバー35あたりの方は、『誘惑』と聞くと<時に愛は2人を試してる~♪>のフレーズが頭の中に流れてくるかと思いますが、GLAYによる本楽曲も“言葉の尺度”のマナーに従い「嘘」「真実」「罪」「薄情」などなど、「強い」言葉のオンパレードです。

 

そんな「強い」イメージを持った言葉が、冒頭から「柔らかく」歌われている違和感。わくわく連呼の面白さだけではなく、この違和感とも相まって異常なキャッチーさを作り出しているのです。

 

そして何より、『誘惑したいや』というタイトル。

 

これが『誘惑したい』というタイトルであれば違和感はありませんが、「や」を付けることで一気に子供っぽさが生まれ、「誘惑」という大人っぽくて「強い」言葉とのミスマッチが生じます。

 

このミスマッチが違和感を作り出して、強烈な印象を与えています。

 

「強い」言葉というと、先程のGLAY『誘惑』の例でもそうでしたが、どうしても「漢字」が多くなります。しかし、漢字であれば全て「強い」言葉になる訳ではありません。

 

例えば、もしこれが『結婚したいや』であればそこまで違和感はないでしょう。

 

「結婚」という言葉に大人っぽさはありますが、「強い」というイメージはありません。そのため、子供が「結婚したいや」と言っていても違和感がなく、確かに可愛いワードではありますが、印象には残りません。

 

『誘惑したいや』とすることで、その大人っぽさと子供っぽさのミスマッチが“背伸び感”を作り出し、『結婚したいや』よりも可愛さまで作り出すという離れ業をやってのけています。

 

たむらぱん先生、恐るべし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、一定の年齢を超えると「誘惑」なんかよりも「結婚」のほうが50000000倍くらい「強い」言葉になりますがね。ははは。

 

 

感動スイッチと違和感

1番Aメロ

誘惑したい ワクワクしたい
そのまなざしを独り占めしたい
イヤイヤそっち行かないで
まだ少しだけ見ていたい

 

楽曲全体を通してのトーンは、「柔らかい」「簡単」な言葉で綴られています。もちろんそれは、未成年の彼女たちが歌う楽曲だからであり、思春期の恋愛を歌うために似つかわしいトーンで揃えているからです。

 

しかしそれだけでは、ただの可愛いアイドルソングで終わってしまいます。

 

本楽曲は、“大人が泣ける”アイドルソング。

 

優しいメロディとやわらかな空気の中に、大人の心を抉るような「強い」言葉を忍ばせています

 

1番Bメロ

誰もが本性を
さらしたいわけじゃないけれど
でも誰もが本能で
近づきたい すべてさらしたい
ドキドキが止められないよ

 

突然現れた「本性」「本能」という「強い」言葉。思春期の日常には似合わない単語です。

 

朝起きて真っ暗な部屋のカーテンを開け、差した光が目も眩むような強烈な輝きを放つように、やわらかな言葉の中に差し込まれた「強い」言葉は大きな違和感を生みます

 

その違和感の中で歌われているのは、人間誰しもが持つ感情であり真理です。

 

一瞬の違和感は、その違和感を意識したか否かに関わらず、心に隙を生み、感情が入り込む隙間を作り出します。

 

まさに、“感動のスイッチ”が押されたような感覚になるのです。

 

当然私は思春期でもなんでもないので、本楽曲を「共感」で聞くことはできません。しかし、作り出された違和感によって曲にグッと入り込めるようになり、感情移入のチャンスを与えてもらえるのです。

 

1番サビ

偽らない気持ちを吐き出した時に
あなたは 優しく笑ってくれるかな

 

このフレーズにも違和感ポイントがあると思っています。

 

通常「気持ち」は「伝える」ものですが、ここでは「吐き出す」ものとされています

 

「吐き出す」という言葉は、決してきれいな言葉ではないですよね。しかし、どうしても抑えきれない思いは「伝える」という表現ではなく、「吐き出す」という表現の方が正しいのかもしれません。

 

またこの主人公は、自分に自信が持てない臆病な子です。つまり、「伝える」ことができない子です。

 

そんな子にとっては、やはり「気持ち」は「吐き出す」という表現がしっくりきますね。

 

 

主人公を“知る”フレーズ

これから待ち受ける悲しい現実を予感させるようにストリングが消え、粛々とスタッカートで8分を刻むベースが物哀しい2番のAメロ。なかなか距離が縮まらない恋愛に、もどかしさを感じている様子が描写されています。

 

恋愛の負の側面と言いますか、まぁそうだよねという感じです。主人公は恋愛を通して、人生を学んで、大人になっていきます

 

2番サビ

信じていたいや!!
あなたと出会って私分かってしまった
願っていても叶わない
この世界があると知ったよ

 

<あなたの目で飛んでいける>ような恋愛の楽しさを知った代わりに、願っていても叶わない世界があるという残酷な現実も知ってしまった主人公。

 

一気に壮大になるCメロでは、願うことの無意味さを知ったにも関わらず、好きな人に見合わない自分の自信のなさから、ついに神にまで問いかけてしまいます。

 

Cメロ

ああ 神様
あの人に伝えたい 私に許されるのかな
こんな自慢にもなれない
私でも許されるのかな

 

恋愛においての神への願いが「許しを請う」ことなんて…。この主人公の性格やこれまでの生き方、バックボーンが全て見えてくるかのような一節です。

 

しかし、<胸の中こっそり流した>涙をきっかけに彼女は変わります。

 

 

“否定”が生む強い自己肯定

Dメロ

誘惑したい あなたごと
そして二人でワクワクしてみたい
でもできないできないまだできない
だけど後悔したくない

 

主人公は、自分に自信がありません。

 

だから好きな人ができたけど、距離を縮めるための行動がうまくできません。

 

でもやりたいことはたくさんあります。

 

<誘惑したい>

 

<眼差しを独り占めしたい>

 

<少しだけ見ていたい>

 

<全てさらしたい>

 

<信じていたい>

 

<約束したい>

 

本楽曲はそんな希望を綴った、いうなれば「願い」の曲でした。

 

しかし、「したい」「したい」の連続で行動に移すことができていなかった主人公ですが、ここで初めて「後悔したくない」と自分の意思を露わにします

 

本楽曲で一番の感動を生むのは、このフレーズだと思います。

 

 

“否定”とはつまり、自己を“肯定”すること

 

ずっと自信が持てなかった主人公が、恋愛を通してさらに自信をなくしていき、神にまで自分の存在意義を問いかけるような精神状態までいってしまいましたが、自分の気持ちを見つめ直し、初めて見せた自分の意思、そして勇気。

 

この「したい」から「したくない」への変化は、本当に大きな変化だと思います。

 

1曲の中で、主人公は大きな成長を遂げたのです。

 

 

ラブソングではない

2番サビ

信じていたいや!!
あなたと出会って私分かってしまった
願っていても叶わない
この世界があると知ったよ

 

先程は、このフレーズを「願っていても叶わない世界があるという残酷な現実」を突きつけたフレーズであると書きました。

 

しかし、本楽曲をすべて聴き終えて主人公の成長を知ると、まったく別の意味に気づくと思います。

 

本フレーズは、「行動を促す」ためのフレーズだったんですね。

 

つまり『誘惑したいや』とは、キュートな振り付けや歌声を愛でるものでもなく、思春期の恋愛を懐かしむものでもなく、「願ってるだけじゃなくて行動しろ!」と促すメッセージソングだったということです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まぁ、そんなメッセージなんてどーでもいいくらい、この曲踊ってる俺の美怜ちゃん、めっちゃくちゃ可愛いけどな!!!!!!!!!!!!

 

 

 

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