はじめに
移り変わりの激しいアイドル業界において前身グループ(tengal6)を含めれば、まもなく結成10年を迎えるヒップホップアイドル・lyrical school。
メンバーチェンジはあれどアイドルグループが10年続くのは驚異的であり、「ヒップホップ」というアイドルとはおよそかけ離れたジャンルの音楽をブレること無く続け、第一線で活躍し、新たなファンを増やし続けているその軌跡は、奇跡と言っても決して大げさではないだろう。
しかし、その素晴らしい楽曲を聴けば、この奇跡が“必然”であったことが一瞬にして分かるはずだ。
ここでは、そんな彼女たちのlyrical school名義での1stアルバム『date course』について紹介する。
アイドルラップの金字塔
画像出典:9/18 NEWアルバム「date course」発売
前身グループでも1枚アルバムを出しているので、活動全体を通してで考えると厳密には2枚目のアルバムということになる。しかし、俺達の親友・TE○GA協賛であることから命名された「tengal6」というグループ名から、タワレコ主催のレーベルへの移籍を期に「lyrical school」へと改名してからは、1枚目のアルバムとなる。
ヒップホップには多くのスラングがあり、例えば歌詞のことを「リリック」と呼ぶ。この「リリック」が由来であろうグループ名に変更されたことには、よりヒップホップを貫いていくという強い想いがあったはずだ。
そんな経緯や今に続く彼女たちの活動を考えると、本作こそデビューアルバムと言っても差し支えないだろう。
本アルバムは、アルバム全体で1つの世界観・物語を作り出す、いわゆる「コンセプトアルバム」だ。舞台は“夏”。ある女の子の恋の顛末を13曲の楽曲・スキット(寸劇・インスト曲)を通して描いている。
物語は3パートに分かれていて、1~6曲目までは「夏最高、恋楽しい、まじテンアゲ」パート。7曲目のスキットを挟んで、8~10曲目は「失恋、ガン萎え、まじ孤独」パート。そして11曲目のスキットから繋がるように12~13曲目で、自分自身を取り戻していくような構成になっている。
まずアイドルのアルバムで「コンセプトアルバム」を出すということ自体がチャレンジングだ。基本としてアイドルは明るく楽しいものであり、ノリの良さが重視される傾向がある。そのため、楽曲1つ1つの持つ爆発力やキャッチーさが重要だ。
しかし、そんな楽曲だけを集めてもコンセプチュアルなアルバムは作れない。心の機微を表すためにはバラードだって必要になるし、悲しい歌詞だって必要になる。そして、リスナーも(無意識下でも)じっくりと楽曲に向き合うことを要請される。アイドル楽曲・アイドルシーンにおいては、異端なのだ。
ヒップホップな時点で取っつきにくいはずなのに、コンセプトアルバムなんかにしちゃう攻めの姿勢。それを改名1発目にやっちゃうぶっ飛び具合。楽曲云々の前に、こんなことをやってしまうところ自体がまず評価されるべきなのである。
それでは『date course』という物語を、1曲ずつレビューしていこう。
キングギドラがデビュー作『空からの力』で日本語ラップを完成させてしまったように、lyrical schoolも本アルバムでアイドルラップを完成させてしまったのだ。
① -drive-
日常を遮断してアルバムの世界に飛び込むために、まずはスキットから始まる。海へ向かうメンバー達の楽しげな会話が、ヒップホップ的なストリート感や本アルバムの明るくてチルい雰囲気を予感させる。エンジン音とともに、さぁ“date”の始まりだ。
② そりゃ夏だ!
スキットから繋がるオープニングチューンは、tofubeatsによる練り込まれたトラックが冴え渡るリリスクとしてのデビューシングル『そりゃ夏だ!』だ。
スクラッチから始まるところなんて、まさにヒップホップ。シンコペーションでグルーヴを作るピアノとバカっぽさがいかにも“夏”なシンセの音色がまさに『そりゃ夏だ!』な雰囲気を作り出している。<夏はああ ああ ああ…>の<ああ>に乗せられているハモりが、清涼感と切なさを作り出す小技がニクい。
スキットの雰囲気そのままに、リリックには“女子の夏”が綴られている。車で出かけた彼女たちがそのまま車内で歌っているようなイメージが浮かぶ、夏のBGMにピッタリな楽曲だ。
しっかりと韻が踏まれているが、彼女たちの歌声やフローによってちゃんとアイドルソングになっている。
アイドル×ラップでしか歌えない、こんなリリックも最高だ。
どうしたいの?
もちろん!hold me tightを希望
釘付けの視線 口づけは未定
MVもある楽曲だが、ライブ動画を載せた。ファンとのコール・アンド・レスポンスがあって初めて本楽曲は完成するからだ。ヒップホップ特有のループするビートに身体を揺らして、大声で叫ぶ<めっちゃか!わ!いい!>の気持ちよさったらないぜ。
③ wow♪
ドンキーコングのステージBGMにありそうなトライバルなトラックが印象的な本楽曲。夏は夏でも南米あたりの夏に飛ばされる。
リリックを務めたのは、日本語ラップの重鎮・餓鬼レンジャーのMCであるポチョムキン。彼らしいユーモアたっぷりのオリジナリティのあるリリックに仕上がっている。
フロウも一筋縄ではいかない。「あ!そこにアクセント置くんだ!」的な驚きがたくさんあり、これによって作り出されるグルーヴがとても心地よいのだ。まさにポチョムキンという“歌っていて口が気持ちいいフロウ”になっている。
例えば、歌い出しの下記の部分。
夏が時速119kmで過ぎ去ってったパーマン
太陽に当たりすぎて
干からびてしまいそうな顔にシャワー
ちゃんと踏んでいるのは<パーマン>と<シャワー>だけなのに、アクセントの付け方とビートへの合わせ方で、まるで他の箇所も踏んでいるような気持ちよさを作り出している。このアプローチが秀逸であり、しっかりと歌いこなすメンバーの歌唱も素晴らしい。
④ リボンをきゅっと
私が本アルバムを初めて聴いた時に、最も印象に残ったのがこの曲だった。
当時はアイドルがラップをやることに懐疑的だったので、正直そこまで期待をせずに聴いていたことを覚えている。なかなかイケるかもと思いながらたどり着いた4曲目の本楽曲で、「あぁアイドルしかできないヒップホップがあるな」と考えを改めたのだ。
それは<clap your hands しちゃう感じ>というリリックを聴いた瞬間だった。
なんだこの<しちゃう感じ>って。フロウ通りに書くなら<しちゃうか~んじ?>だ。マッチョイズムばりばりの黒人筋肉ラッパーには当然歌えないし、大前提として男にはこの可愛さは出せない。出せてたまるか。そして、可愛さよりも“カッコよさ”が求めらがちな女性ラッパーにも、このフロウを歌うことはできないだろう。
「そうか、アイドルがヒップホップをやる意味はあるな」ということに気づいたのだ。
ピアノの使い方が上手いを通り越してもはやエロい域に入っているtofubeatのトラックは、またしても秀逸だ。トラックだけでなく、作詞作曲も務めているからこそ、全てが一体となった印象的なパートを作り出すことに成功している。
それがこのパートだ。
君に会うとき ちゃんとして
お気にの香水さっとつけ
落ち着きないけどなんかいいね
フロウというよりは“メロディ”を歌う本パート。直前まではビートのみがグルーヴを作っているが、小節の後ろの方からピアノがフェードインしてきて、本パート部分ではビートは走りながらもピアノが全面に出てくる。「フロウ」→「メロディ」に変わるだけでなく、トラックもピアノ主体に変わることでより印象的なパートに仕上げているのだ。
まじエロい。
<まさかあなたは王子様>から始まる次のバースでは、ついにビートが無くなりピアノのみになる。この差し引きの上手さによって、ただの恋愛ソングで終わらないダイナミックで美しい楽曲になっている。
まじエロい。
<今夜恋愛ごっこしない? もう彼女でいいんじゃない? わたしparty all night long>というフックが象徴するように、完全に浮かれている主人公。<ハッピーエンド以外ないね>と歌いながらも、今後の展開を予期しているかのように<ちょっと上手いハナシすぎない?>なんてラインもある。
そんな本楽曲から、恋愛モード全開3部作が幕を開ける。
⑤ 流れる時のように
ヒップホップクルー・KANDYTOWNのMCである呂布が作詞を務め、トラックは後にメンバーと結婚することになる(このやろう幸せにしろよ)ハシダカズマが担当した恋愛モード全開曲その2。
異次元へワープするようなイントロから惹きつけられ、一拍あけての歌い出しが気持ちよくて自然に首が動いてしまう。
大好きな彼といる時の世界すべてが輝いて見えてしまう感覚、何でもできてしまいそうな恋してる時の無敵感が巧みな情景描写によって描かれている。<目の前に 水たまり ひとっ飛び NEWなナイキ>と固有名詞を使ってヒップホップ感・ストリート感を出すことも忘れない。
そうか、さっきのイントロは“彼とのデート”という非日常への導入だったのかと気づく。
昼間のデートパートから<続きが始まるよ>というセリフパートを経由して、舞台は夜へ。<ビルに浮かんだ月のシルエット 今頃なにしてる ロミオとジュリエット>というラインが個人的にお気に入り。
終始楽しげな雰囲気の本楽曲だが、タイトルが『流れる時のように』なのが趣深い。夢のように楽しかった“今日”を心に留め、<朝日が照らす 明日の私>に希望を抱いて本楽曲は幕を閉じる。流れる時の中、繰り返される毎日でも、本当はもう二度と訪れない人生で一度きりの一日を歌った歌だ。
⑥ PARADE
恋愛モード全開3部作のラストを飾るのは、彼女たちの3rdシングルだ。ラストだけあってもう好きが溢れて大変なことになっている。
『リボンをきゅっと』では、<今夜恋愛ごっこしない? もう彼女でいいんじゃない?>とひと夏の思い出くらいのテンションだったのが、本楽曲では<自由な恋の力で 大大大好きよ>にまで気持ちが高揚してしまっている。
本作も安心と信頼のtofubeatが、作詞/作曲/編曲すべてを担当している。バースごとにトラックの雰囲気もBPMも変わり、聴き手を飽きさせることなく楽しませてくれる。フック前の<デートだね今日は ふたりでね>から始まるパートでは、突如ジャズビートに変わり、人知れずデートへのワクワクを募らせている感じがトラックで表現されている。
アイドルだからこそ歌える下記のラインも最高だ。
ただ最高な時も一瞬(え~)
だから毎日待機中!
愛し合いされI need you!
なんか楽しいバイブス
出していたらあなたから会いに来る!
(きっとね↑)
ほかにも<扉 あけて おっしゃー!と叫んで どりゃー!と飛び出す リリカルスクール>のラインは、ヒップホップらしくサンプリングがされている。もちろん、名曲『今夜はブギー・バック』の<ブーツでドアをドカーッとけって 「ルカーッ」と叫んでドカドカいって>の部分だ。
アイドルという存在がヒップホップヘッズにも受け入れられているのは、こういったマナーにしっかり則って楽曲が制作されているからだろう。
<地球は恋の力で まわってる>という宇宙規模の話にまで感情が膨らんだところで、恋愛モード全開3部作を含む本アルバムの前編が終了する。
⑦ -turn-
前編から中編を繋ぐスキット。これまでの楽しげな雰囲気から一転、レコードをA面からB面へひっくり返す(turn)ような音が聴こえる。レコードと同じように、主人公の感情も真逆なものに変わっていく。
⑧ でも
急転直下のピアノが明らかに前編までと景色を変える。アルバム中編となる失恋3部作の始まりだ。
これまでの楽曲のリリックを下敷きにしたようなフレーズが多く登場する、本作が「コンセプトアルバム」であることの面白さが詰まった楽曲になっている。
夏の日にデートを楽しんだ街の風景も<二人つつんだ あの街路樹も今 枯葉が寂しく 落ちるだけ>と歌われており、季節が夏から変わったことが分かる。そして季節と同じように、二人の関係も変わっていってしまった。
『リボンをきゅっと』で<ハッピーエンド以外ないね>と歌われていた二人の行く末は、<ハッピーエンドのその先 見れると信じて過ぎたあの日々>と悲しい結末を迎えてしまったようだ。<もう彼女でいいんじゃない?>と彼に投げかけていた言葉は、<もう彼女でいいんじゃない? あの子が>と投げ捨てる言葉に変わってしまった。
『そりゃ夏だ!』で甘い恋の象徴として歌われていた<アイスクリーム>も、<溶けたアイスはもとには戻らない>と失恋の象徴になっている。
ピアノの印象が強いトラックだが、切なさを掻き立てるブラスの入れ方も絶妙だ。本楽曲はtofubeatsではなく、okadadaという作詞/作曲/編曲を担当している。それなのにtofubeats作の楽曲からリリックを引用し、アルバムの中の一曲として見事に調和させている手腕には脱帽だ。
本楽曲の中では、まだ二人の関係はゆるく繋がっている。というか、都合のいい女になってしまっているような描写もある。初めから
夏に暑さに感化されて、主人公だけが燃え上がっていたのかもしれない。
⑨ P.S.
「代わりに泣いたこの曲が涙」
何度も繰り返される本フレーズが、全てを表現している。前曲では中途半端になっていた二人の関係は、涙で濡れる結末になったようだ。
本楽曲は1番と2番の歌詞がリンクし、同様のシチュエーションが登場する中で、1番で「過去」、2番で「現在」を描いている。
1番<騒がしい東京の夜を抜け出した 光る観覧車2人を照らした>に対し、2番<嘘のように静かな東京の夜 消えた観覧車の光 君はいない>、また1番<手帳に書き足す2人の予定 弾む想いを歌に乗せて>に対して、2番<無理矢理でも埋める手帳 どれも大した用事じゃないけど>という具合だ。
もし本楽曲が単一の楽曲だったとしても、この手法によって1曲の中に時間軸を作り出し、物語に深みを持たせることに成功しているが、本楽曲はコンセプトアルバムのうちの1曲だ。この主人公が、本楽曲の中だけで生きているわけではないことを知っている。1番で歌われている“夏”を知っているのだ。
“アルバム単位で音楽を楽しむ”ということの魅力を教えてくれる楽曲だ。何曲もの楽曲が、何曲もの“夏”が本楽曲のバックボーンになっている。
<P.S. 私は元気です>から始まる高速語りパートは圧巻だ。<思い出してる あの日のデートコース>とアルバムタイトルを入れているところもニクい。本楽曲の中だけでなく、アルバムの中でも最も高速で歌われる本パートはとても印象的に響くようになっている。
いよいよ決定的な別れを迎えた二人。失恋3部作はどんなラストを迎えるのか。
⑩ ひとりぼっちのラビリンス
<ヤーヤヤヤー>というコーラスがドリーミーな雰囲気を作り出し、主人公の「心ここにあらず」な心情を描いているかのようなトラックが印象的な失恋3部作の最終章。ついに彼との関係を断ち切り、一人になってしまった彼女の苦悩が綴られている。
思わせぶりだったの
それとも期待しちゃったの
勘違いしてしまったよ
うーん なんでこうなっちゃったの
あの“夏”の思い出たちが頭に浮かぶ。そんな記憶を振り払うかのように夜の街を彷徨う彼女。答えの出ない問いを投げかけ続けている。繰り返される<一人ぼっちのラビリンス 迷宮迷路トラベリン>というフレーズ。もう夏は終わったのに、彼女はまだあの夏の中に閉じこもってしまっているかのようだ。
ヒップホップという音楽には、メロディを美しく引き立てる力がある。ラップの海の中にフックとして顔を出すメロディは、まるで闇を照らす一筋の光のように神聖だ。<今夜 君の心を探すよ>というフレーズがこれほど心に深く入り込んでくるのは、ただメロディがきれいなだけではなく、ラップの中で輝いているからだ。
意味深なのが下記の部分。
雨が降ったあの日リハーサル
何度しても一度で決まっちゃう
練習した言葉を言う前に
せつない顔一瞬したのはなに?
<練習した言葉>とはなんだろう。恋愛において言葉が重要視されるシーンは「告白」と「別れ」のどちらかではないだろうか。ここでは「別れ」だと考えてみよう。
となると「別れ」を切り出したのは主人公からということになる。『でも』で描かれていたような中途半端な関係をきっぱりと断ち切るために彼女の方から別れを告げたのだ。だって<もう彼女でいいんじゃない? あの子が>というリリックもあったように、彼の気持ちが離れているように感じられたから。
でもその最後の一瞬、彼の顔に“せつなさ”が見えた。そこでより、彼の気持ちが分からなくなった。だから彼女は今でも<君の心>を探しているのだ。
思えば、彼の気持ちが描かれているようなリリックはなかった。我々は、彼女の主観からしか彼という人物を捉えられていない。彼の本心は謎のままなのだ。コンセプトアルバムというフィクションの物語の中で、“人の心の内が分からない”という点においては、とても現実的で残酷に作られているアルバムだ。
これで失恋3部作はおしまい。アルバムは後編へと続いていく。
⑪ -taxi-
3つ目のスキットだ。土砂降りの雨の中、タクシーに乗り込む女の子と運転手のやり取りが描かれている。「とりあえず真っ直ぐ行って欲しい」と運転手に告げる声に覇気はない。女の子の素性は謎だ。これから何をしに行くのか、はたまた何かをしてきた帰りなのか。すべては聴き手の想像に委ねられている。
もちろん、本アルバムの主人公と想像するのが自然だろう。では主人公は何をしていたのか、もしくは何をするのか。
私は、彼との思い出の『date course』を一人で巡ってきた帰りだと妄想する。あの夏に、2人で歩いたあんな場所こんな場所、2人で食べたあんなモノこんなモノ、2人で話したあんな会話こんな会話…。そんな思い出を振り返りながら、街を歩いていたのではないだろうか。
これまでの楽曲たちは、そんな彼女の1日を彩る“あの夏”のサウンドトラックなのだ。
そして、運転手のつけたラジオからは音楽が流れてくる。
⑫ おいでよ
運転手がかけたラジオから流れてきたのは「パーティ」へ、つまり「非日常」へと誘う、底抜けに明るいこんな曲だった。
<これはパーティ(パーティ)もりあがりー 超たのしー(たのしー)音ばっかり>と歌われている通り、失恋3部作を吹き飛ばすような大騒ぎ感、大団円感がセンチメンタルな気分を吹き飛ばしてくれる。
誰だってきっと音楽に救われた経験があるはずだ。自分の心に寄り添ってくれたあの歌詞、モヤモヤをふっ飛ばしてくれたあのギター、みんなで唄ったあのメロディ…。偶然流れてきたこの曲は、きっと彼女の心に届いたはずだ。
だってこんなリリックがある。
TGIF さあ踊ろう 君次第で変われるよ
ばか騒ぎしてたときにさ
気づかずになくしちゃった指輪
見て!ずっと探していたものが
きっとみつかるから
『ひとりぼっちのラビリンス』で歌われていたように、彼女はずっと<君の心>を探していた。でも、どれだけ探したってそんなものは見つからないと、答えなんて出ないと分かっていたのかもしれない。だから、彼女が本当に探していたものは「立ち直るキッカケ」だったんじゃないだろうか。
そして彼女は、偶然この曲を耳にする。<君次第で変われるよ>と背中を押し、<見て!ずっと探していたものが きっと見つかるから>と導いてくれる。
ひとり迷宮を彷徨っていた彼女は、「パーティ=非日常」へと誘う楽曲を通して、「日常」へと戻っていくのだ。
⑬ Myかわいい日常たち
<ただいま!わたしの普通でかわいい日常たち>
やったー!明るい彼女が戻ってきた!
失意のどん底にいた彼女は、音楽に救われてやっと日常に帰ってきたのだ。これまでの楽曲の中でも一番BPMが速い。ウキウキだ。『PARADE』の時のようなめちゃめちゃ明るい彼女だ。
でも、あの時の彼女そのままではない。恋をして、恋を失って、そこから立ち直って、人間として一回り成長した彼女だ。
いつもの道 見なれた風景
いつものコンビニ いつものバス
平凡だけどそれが素敵よ
恥ずかしながら帰ってきたわ
きっとそんな経験をしたからこそ、当たり前の日常を<平凡だけどそれが素敵よ>と前向きに捉えることが出来るようになったのだと思う。そして我々聴き手は、そんな成長した彼女を通して、自分自身も成長させてもらうのだ。
これでアルバム『date course』は幕を閉じる。聴き終わった時に去来する感情は、きっと彼女と同じ種類のものだ。
終わりに
本アルバムのタイトルは、なぜ『date course』なのだろうか。
色々な意味があると思うが、私はその一つに「非日常」という意味合いが含まれているのではないかと思っている。
交際歴の長い熟練カップルであれば「デート」は日常なのだろうが、本作やアイドルソングで歌われるそれは「非日常」の象徴だ。本作中の『流れる時のように』でも、彼といる時に見える世界は、いつもの世界とは違って映るものとして描かれている。
私達は、本アルバムを聴いている間、“彼女の夏と成長”という物語を通して、「非日常」の世界へ旅に出ることができる。そうして『Myかわいい日常たち』まで聴き終わった後には、ふだんの普通の街並みや生活、つまり「日常」を素敵なものとして感謝することができるようになっている。
さながら仕事や学校などへ向かうため毎日通るあの道が、大切な人と歩く『date course』に感じるかのように。
彼女がタクシーで聴いた「非日常」へ誘う音楽を通して「日常」へ戻れたように、私達は本アルバムという「非日常」を通して、「日常」への活力を貰っているのだ。
さて私は冒頭で本アルバムを「アイドルラップの金字塔」と表現した。
アイドルソングとしての「可愛さ」や「未完成さ」といった魅力を持ちながらも、tofubeatを中心とした本場ヒップホップのトラックを土台とし、しっかりと韻を踏んだリリックを歌っている。決してスキルフルなラップではないが、そのキュートな声質やアイドル的でファニーなフロウによって、リアルであり、オリジナリティのあるラップを作り上げている。
そして個性的な楽曲たちを「コンセプトアルバム」という形態にまとめ上げ、1つのアルバムで物語を創造した。
“アイドル×ラップ”という表現手段の走りであり、名実ともにNo.1アイドルラップグループとしての地位を確立しているlyrical school。その最初の1枚がこのアルバムだ。原点にして頂点である本アルバムに対する「アイドルラップの金字塔」という表現にひとつの間違いもないだろう。
“アイドルラップの頂点”を、デビュー作で極めてしまった彼女たち。しかし彼女たちは以降、“アイドルラップの頂点・lyrical school”として、“アイドルラップを体現する存在”としてその表現の幅を広げ、より高みに登っている。
次のアルバム『spot』に収録されている楽曲『OMG』には、こんなリリックがある。
Rockstar? 「NO!」
Popstar? 「NO!」
Wanna be IDOL HIPHOP STAR
ミラクルすらミラクルじゃなくなる日が来るはず
磨くスキルで勝つ
『date course』から始まった彼女たちの物語は、“アイドルラップの先駆者”というプライドを胸に、「ヒップホップスター」ではなく「アイドルヒップホップスター」という栄光を目指して続いていくのだ。