歌には“人間”が出る
小説でも絵画でも映画でも、あらゆる「表現」の起点は全て己の中にあり、「表現」とは己の中の感情を外に発信する行為である。
となると、文字や絵の具やフィルムを通さない「歌」という表現は、感情を発信する手段としてとてもプリミティブで純度の高いものと言えるのかもしれない。つまり、「歌」にはどうあがいてもその歌い手の“人間”がにじみ出てしまうのだ。
「感情」は「感情」を動かす。そこに歌の上手下手は関係ない。
歌で感情を動かされた経験のある人が、全て上手な歌に感動したわけではないだろう。
例えば、拙いが一生懸命に歌う幼稚園児の歌声。例えば、ピッチもめちゃくちゃで声も枯れ果てているパンクロッカーの歌声。例えば、全盛期のキーでは歌うことができないレジェンドロックスターの歌声。これらは決して上手い歌とは言えない。
しかし、そこに乗った「感情」は伝わり、人を感動させるのだ。
この日、私は星名美怜の“人間”に触れて私は感情を動かされた。
エビ中冬の風物詩
12月20日(金)、私は有給を取得して海浜幕張へ向かっていた。
もちろん私立恵比寿中学の冬の風物詩・大学芸会に参戦するためだ。今年は『私立恵比寿中学 バンドのみんなと大学芸会2019 エビ中のフルバッテリー・サラウンド』と題して、エビ中としては久しぶりの“生バンド”によるステージが披露される。
ロックから音楽フリークの道を歩み出した私としては、期待に胸を躍らせずにはいられなかった。
エビ中の生バンドと言えば、2017・2018年と過去2回行われた秋の野外ライブ『ちゅうおん』があるが、こちらはエレキ楽器は使用されるものの基本的にアコースティックなアレンジで演奏されるものであり、コールやサイリウムを禁止し、エビ中の「歌」を届けることに主眼が置かれている。
画像出典:エビ中、キンモクセイの香りに包まれて2度目の秋コンサート「ちゅうおん」
一方で今回のライブは、ライブタイトルの「フルバッテリー・サラウンド」が示す通り、ゴリッゴリでバッキバキの爆音バンドサウンドが体感できるだろうと予想された。
近年ロックフェスへの参加やバンドとの対バンも増えてきたことに比例し、ギターサウンドが牽引するロックな楽曲もレパートリーに増えてきたエビ中。TOTALFATによる提供楽曲『HOT UP!!!』や椎名林檎のカバー曲『自由へ道連れ』など、一瞬で会場のボルテージを跳ね上げるその楽曲達は今のエビ中の新しいトレードマークだ。
メロコアバンド・TOTALFATによる提供楽曲『HOT UP!!!』
その集大成となるようなライブになることを確信しながら、平日のため舞浜へ向かう浮かれ野郎どもの少ない快適な京葉線に揺られていた。
いよいよ開演
意表を突かれたスタートだった。しかし冷静に考えればコレしかないというスタートだ。
五五七ニ三ニ○名義で発表された本楽曲では、エビ中がバンドに扮してパフォーマンスを行なっている。分かりやすいサビを持たない複雑な楽曲構成もあり、ライブで盛り上がるような楽曲ではないためセットリストに加わることの少ない楽曲だが、生バンドライブのオープニングとしては完璧ではないか。
幕の後ろでシルエットだけが照らされる演出も、否が応でも期待感を煽ってくる。
そして我が愛しの推し・星名美怜の一言で本楽曲は締められる。
<さよなら、昨日までのわたし>
本フレーズが、この日の彼女の変化を予感させるフレーズだったことに私は気付いていなかった。15曲後、あの曲を歌っていたのは確かに星名美怜だったが、私に“聴こえた”のは星名美怜の歌声ではなかった。
画像出典:エビ中、10年間の感謝を込めたフルバンドでの年末恒例ワンマン
いよいよ幕が落とされ、レペゼン恵比寿でセルフボースティングをブチかます岡崎体育提供曲『Family Comprex』がスタート。ベリーベリーキュートなメンバーの御姿は拝見できたが、まだバンドの姿は見えない。
ぽーちゃんがみたことない虫を見つけたり、ブヒブヒ鳴いていたかと思えば、<全員踊れ>の叫びとともに幕張はダンスフロアに変わっていた。飛び跳ねている間に段々とBPMは駆け上がっていく。
そして勘のいいファミリーは気づいてしまっただろう。バンドが登場する最も気持ちいい、最も格好いいタイミングはここしかないということに。
無機質な打ち込みのビートをシンバル1発でかき消し、生のドラムがカットイン。バックパネルのオープンと共に、総勢13名のバンドメンバーが遂に登場した。
刻んでいるのは音源通りのシンプルな8ビートだが、その迫力はカラオケ音源では体感できない熱に満ちあふれていた。そこから『イート・ザ・大目玉』『放課後ゲタ箱ロッケンロールMX』とバンド映えする楽曲を畳み掛ける。
イントロが奏でられる度に湧き上がる歓声は、いつもの学芸会よりも一際大きく感じられた。
10年の歴史を持つエビ中の様々な楽曲がバンドアレンジで披露される中には、最新アルバム『playlist』からの楽曲もあった。本アルバムは、昨今の洋楽シーンの影響からかとても“黒い”アルバムに仕上がっている。
リズムが重視されるジャンルの音楽であるブラックミュージックは”身体”で楽しむ音楽であるため、まさにライブで体感するのが正しい姿だ。
特にライブ初披露となった『愛のレンタル』はとても印象的だった。
肩の力の抜けたグルーヴにゆるいラップは自然に身体を揺らしてくれるし、スタンドマイクを使用した大人びたパフォーマンスは、幾重にも解釈ができる深みのあるリリックをストレートに胸に届けてくれた。ラストの転調で一気に景色が開けるようなイメージもライブならではの感覚だった。
あぁ、やっぱりライブは最高だ。
ハイライトは静寂から
VTRを挟んで、『ちゅうおん』のようなメンバーもファンも着席してのアコースティックタイムが始まった。私にとっての本コンサートのハイライトになったのは、このブロックで披露された『まっすぐ』だ。
『まっすぐ』は私が私立恵比寿中学のファンになったキッカケの曲であり、一番好きな曲だ。
ごまかしの効かないソロパートの多いミドルバラードであり、高音域も多い本楽曲は、ライブで歌いこなすには難易度が高い楽曲である。
正直に言えば、この日の歌唱は完璧とは言えなかった。とは言っても凡百のアイドル達に比べれば十分上手い歌ではあるのだが、彼女達にしてはピッチ・声量が不安定な箇所が所々見受けられた。
真山も4曲を歌い終えた最初のMCで「もう声が枯れてきた」と話していた。なんせこの日は生バンドだ。従来のカラオケ音源とは音圧が全然違う。バンドの音に負けないように無意識にいつもより声を張って歌っていても不思議じゃない。
そんな状況でみんなが苦戦する中でも、1番苦戦して見えたのが星名美怜だった。
画像出典:私立恵比寿中学、安本彩花も共に歌ったバンドセットの「大学芸会」
星名美怜の歌についてどんなイメージを持っているだろうか。
私の推しは星名美怜であり彼女の歌・パフォーマンスが大好きだという前提で聞いていただきたいが、正直なところ彼女は上手い歌手ではないし、圧倒的な個性を持つ歌手でもないと思っている。
真山りかのような艶も、安本彩花のような清らかさも、柏木ひなたのような強さも、小林歌穂のような優しさも、中山莉子のような爆発力もない。
アイドル的な可愛さは持ち合わせているが、「アイドル」という括りの中では当然多く存在する個性であるし、歌い上げる際の彼女の声には太さもあり、いわゆる“可愛い”という括りではない歌声をしている。
それでは、彼女の歌の個性とは何なのだろうか。
私が表現するならば、星名美怜の歌は「愚直」な歌だ。
星名美怜の個性と歌
私立恵比寿中学の中で、彼女は最も“アイドルをしてくれている”メンバーだ。
以前のキャッチフレーズ「360度どこから見てもアイドル」に象徴されるように、彼女は全力でアイドルを演じてくれていた。
ステージに花道があれば一番に飛び出して笑顔を振りまき、MC中も手を振ったり、時にはイジったりとファンと積極的にコミュニケーションを取ってくれる。舞台裏でも、フルーツモンスターの愛称を獲得するほどフルーツを溺愛し、アイドルとしてのイメージを崩さない。
それらの行動にはもちろん彼女自身の元来の性格による部分もあるだろうが、アイドルとしての自分を意識して、意図的に振る舞っている部分もあるだろう。
それは彼女のプロとしての自覚であり、自覚からくる振る舞いだ。メンバーの中で唯一「芸名」で活動しているところにも、“アイドルとしての星名美怜”を人一倍意識していることの表れなのかもしれない。
そんな彼女の歌は、良く言えば安定感のある歌であるが、悪く言うと綺麗にまとまってしまっている印象があった。アイドルとしての自分を崩さないようにある種セーブをして歌っているような印象だ。
真山りかのように目を見開き鬼気迫るような歌唱はしないし、中山莉子はもともとアイドルらしく歌わないし、小林歌穂はもうただの小林歌穂だ。
星名美怜の<反抗!>シャウトが印象的な『キングオブ学芸会のテーマ~Nu Skool Teenage Riot~』でも、あくまでもアイドル・星名美怜によるシャウトという範疇を出ない。
もちろん、アイドルの範疇を超えることが良いと言いたい訳ではなく、星名美怜の歌は(私にとって)そういう印象だというだけである。
しかし、ここに彼女の「愚直」な個性を感じるのだ。
綺麗にまとまった歌というのは、それだけより綺麗な歌を届けようとしているということだ。
アイドルの範疇を超えないということは、アイドル・星名美怜を見に来ている観客へ向けて100%アイドルの自分を見てもらおうと努力しているということだ。
いつもニコニコと笑顔を振りまく彼女だが、自分のパートに入る瞬間にはグッと真剣な表情を見せる。その表情からはいつも緊張や不安が読み取れる。
画像出典:トラウマを乗り越えた星名美怜、飛んで跳ねて回って歌った22歳のバースデイ
それもそのはずだ。
どの瞬間でも自分が見せるべき振る舞い、聴かせるべき歌を意識してパフォーマンスを行っているのだ。
天真爛漫な普段の彼女の様子からライブで見せる真剣な表情まで、「ギャップ」という単語で表現されるようなこの大きな差異は、我々には「ギャップ」に見えるかもしれないが、きっと彼女の中では「星名美怜」として地続きで繋がっているのだろう。
この一連の流れから発せられる歌を、私は「愚直」と呼んでしまうのだ。
エビ中が誇る冬の名曲『フユコイ』の彼女のパートに<前だけを向いて行ける?>という部分がある。疾走感を保ったままギターソロに繋げる大事なパートだ。
しかし、アルバム『穴空』Disc2にも音源が収録されているライブ『年忘れ大学芸会2015 エビ中のオールアトラクスター』で披露された際には、<行け>と<る?>の間にブレスが入ってしまっていた。これでは疾走感が出ず、「前だけを向く」という歌詞にも合っていない。
彼女自身も恐らくそう感じて修正したのだろう。以降、私は何度かライブでこの曲を聴く機会に恵まれたが、ここでブレスが入った歌を聴いていない。
歌に対する真摯さを感じるエピソードだと思う。
いつもと違う歌声
ライブの話に戻ろう。
前述の通り、『まっすぐ』は歌いこなすのが難しい曲だ。
そんな曲で彼女には、活動休止中の安本彩花さんから受け継いだ<まっすぐ 君だけに ありったけ愛を 捧げよう>というソロパートが任せられている。本楽曲のラストブロックを彩る大切なパートだ。
この日の彼女のこのパートが上手い歌だったのかと言えば、決して上手い歌ではなかった。
高音が続く<ありったけ愛を 捧げよう>の部分では、とても苦しそうな発声で声はかすれていたし、ピッチだって合っていなかった。乱暴な言い方をすれば汚い声だ。
その歌声は、「歌」というよりは「叫び」に近かった。
星名美怜のこんな切迫感は、こんな鬼気迫る声は、こんな感情は、これまで体験したことがなかった。360度どこから見てもアイドルで、どんなときでも魅せ方を意識した彼女とは全く異なるパフォーマンスだった。
声が出ないのであれば、ファルセットに逃げることも出来ただろう。しかし、彼女はそうしなかった。
アイドル・星名美怜を見せるのであれば、きっとファルセットで綺麗にまとめる方が正解だろう。だがそうしなかったのは、アイドル・星名美怜の殻の奥に潜んでいる、人間・星名美怜がこの瞬間に顔を覗かせたからだと思う。
いち人間としての彼女の想いやプライドが、あの心を打つ「叫び」に繋がったのだ。
昨年の本イベントで、彼女にとってとても大きな出来事があった。
正直このときは、大した怪我ではないと思っていた。しかし、しばらくしても彼女はダンスをフルで踊らず、お立ち台の上から動かないでパフォーマンスを行っていた。
昨年発売されたエビ中のヒストリーブック『私立恵比寿中学 HISTORY 幸せの貼り紙はいつもどこかに』で本件の詳細を知った時には、言葉が出なかった。
あれから、1年。まったく同じ会場での大学芸会。意識しないというのは無理な話だと思う。リハーサルの段階から恐怖や不安が押し寄せてくるだろう。そして本番では、人一倍強い想いを持ってステージに立ったのだろう。
この背景があったからこそ、ファルセットではない叫びが彼女の内側から湧き上がってきたのだと私は思ってしまう。
星名美怜は、上手い歌手ではないかもしれない。個性的な歌手ではないかもしれない。しかし、確かに人の心を打つ歌を歌う素晴らしい歌手だ。
画像出典:エビ中、歌い残しは年内に!初のカウントダウンでねずみ年の幕開け
終わりに
エビ中は個性や性格という意味でも8人それぞれの色があるんですけど、私はずっと「個性が強くない」と迷っていたんです。
出典:あわや“溺れる”アクシデントも!? エビ中・星名美怜「写真集の撮影はメンバーにも内緒でした」【インタビュー後編】
2016年、初のソロ写真集『星名美怜1st写真集「MIREITOPIA」』発売時のインタビューで、彼女は上記のように語っている。
割とぶっ飛んでるメンバーに囲まれる中で、彼女は悩んでいた。天真爛漫なキャラクターは十分に個性ではあるが、メンバーで唯一大学へ進学するなど、一般的な教養や人並みの常識を持ち合わせ、人並みに男とも遊び、お姉さん的立場になることも多い。
あれから3年経ち、彼女は自身を持てる個性を見つけられたのだろうか。
あの日の歌は、確かにあなたの個性から生まれたものだよ。
いつも支えていただいている私からあなたに言いたいことは、ただ1つ。
キミに39!!!!!!!!!!!!
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